東京地方裁判所 昭和44年(ワ)7223号 判決 1971年3月01日
原告 高山全弘
右訴訟代理人弁護士 伊藤幸人
同 石井久雄
被告 国民金融公庫
右代表者総裁 河野通一
被告 興産信用金庫
右被告両名訴訟代理人弁護士 鈴木重信
同 国分昭治
主文
原告と被告国民金融公庫との間において、同被告を債権者とし訴外宇野道広を債務者とする昭和四三年一二月一八日付貸付にかかる金七〇万円の残金六二万一、〇〇〇円の債務につき、原告の連帯保証債務が存在しないことを確認する。
原告の被告興産信用金庫に対する訴はこれを却下する。
訴訟費用中、原告と被告国民金融公庫との間に生じたものは被告国民金融公庫の負担とし、原告と被告興産信用金庫との間に生じたものは原告の負担とする。
事実
原告は「被告等は原告に対し、被告国民金融公庫を債権者とし、訴外宇野道広を債務者とする昭和四三年一二月一八日貸付にかかる金七〇万円の残金六二万一、〇〇〇円の債務につき、原告の連帯保証債務がないことを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求めた。
被告等は主文第二項同旨の判決並びに「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
原告は請求原因として、次のように述べた。
一、原告は昭和四四年六月一六日、被告興産信用金庫錦糸町支店から、同金庫が被告国民金融公庫の代理店として、昭和四三年一二月一八日訴外宇野道広に貸付けた金七〇万円の残金六二万一、〇〇〇円を連帯保証人として支払うよう催告を受けた。
二、しかし、原告は訴外宇野道広の債務について、被告等と連帯保証契約をした事実はない。
被告等は本案前の抗弁及び主張として、次のように述べた。
一、被告興産信用金庫は、被告国民金融公庫の代理店として、後記のとおり原告との間に連帯保証契約を締結し代理業務を行なったものにすぎないから、被告適格を有しない。
二、請求原因中第一項の事実は認める。
三、(一)被告興産信用金庫は、被告国民金融公庫の代理店として昭和四三年一二月一八日、訴外宇野道広に対し金七〇万円を貸付けたが、原告はその際訴外宇野道広を代理人として、右債務を連帯保証する旨の契約を締結した。
(二) 仮りに訴外宇野道広が連帯保証契約締結の代理権を与えられなかったとしても、原告は訴外宇野道広に対し、実印を預けていたところ、右訴外人は原告の実印及び印鑑証明書を持参して、原告名義で被告国民金融公庫との間の保証契約を締結したものである。従って訴外宇野道広の右行為が原告からの委任の範囲を超えた法律行為であるとしても、被告等には右訴外人に代理権(署名代理による契約締結の代理権を含む)があると信ずべき正当の事由があった。
(三) 仮りにそうでないとしても、これよりさき、被告国民金融公庫は昭和四二年九月三〇日付で、右訴外人に金五〇万円を貸付けたが、その際原告は右訴外人に実印を預け代理権を授与して、被告国民金融公庫との間に連帯保証契約を締結した。そして同訴外人は、更に、その未払残金一五万円を返済することを貸付の条件として、昭和四三年一二月一八日被告国民金融公庫から本件の金七〇万円を借りうけたものである。
(ア) 従って、原告は少なくとも金一五万円の範囲においては、右訴外人に連帯保証契約を締結する権限を与えたものである。
(イ) 仮りにそうでないとしても、右訴外人に対する昭和四二年九日三〇日の前記第一回の金五〇万円の貸付と昭和四三年一二月一八日の前記第二回の金七〇万円の貸付とは、実質的に一連の継続的貸付であり、原告は第一回の貸付に際して右訴外人に連帯保証契約締結の代理権を授与したものである。しかし被告等は第二回の本件貸付に際して右訴外人の代理権が消滅したことを知らなかったが、右の前後二回の連続的貸付の性質及び前記(一)の事実から、昭和四三年一二月一八日の本件金七〇万円の貸付についても、右訴外人に原告を代理して連帯保証契約をなす権限が与えられているものと信じ、かつそう信ずることについて無過失であった。しかも被告等は第一回の貸付に際して、原告の信用調査等を実地において行ない、第二回の貸付はこの調査を基礎にした。いずれにしても第二回の本件貸付については代理権消滅後の表見代理が成立するものというべきである。原告は被告等の右主張に対して、次のとおり述べた
一、本案前の抗弁について、被告興産信用金庫は現実に原告に金銭の返還を請求するものであるから原告は同被告に対し本件請求をする利益及び権利を有するものであり、同被告には当事者適格がある
二、被告等の主張事実中、昭和四二年九月一八日に訴外人が被告国民金融公庫から金五〇万円を借受けるにつき原告が連帯保証したことは認めるが、その余の事実を争う。第一回の貸付に際し被告等が実地について原告の信用調査をしたことは全くなく、しかもその調査内容は間違いが多い。また、訴外宇野道広に対する第一回の貸付と第二回の本件貸付との間には何らの関連性はない。従って被告主張の表見代理の成立する余地はない。また、原告が連帯保証したものとして作成された契約書は原告自身が作成したものとされているので代理人によって作成されたものではないから、表見代理の主張自体失当である。
証拠<省略>。
理由
第一 まず被告興産信用金庫(以下被告金庫という。)の本案前の抗弁について判断すると、被告金庫は被告国民金融公庫(以下被告公庫という。)の代理店として原告に対してその主張の連帯保証債務の存在を主張しその履行を催告していることは原告の主張自体から明らかであるから、被告公庫の債権の存否を確定することについて、被告公庫のため代理権を行使するにすぎない被告金庫は被告適格を有しないものというべきであり、同被告に対する本訴請求は却下するのが相当である。
第二 被告公庫に対する本訴請求について判断する。
被告金庫が被告公庫の代理店として、昭和四三年一二月一八日訴外宇野道広(以下訴外宇野という。)に貸付けた金七〇万円の残金六二万一、〇〇〇円について、原告が連帯保証債務を負担しているかどうかが、本件の争点である。
一、<証拠>を総合すると、訴外宇野は昭和四三年一二月五日被告公庫の代理店である被告金庫に対し、借入申込書や借用証書をもって、金七〇万円の借入を申込み、かつ、原告から代理権を与えられたといって、原告の印鑑証明書(昭和四三年一一月一一日付)を添え原告の名義と原告の印章を使用して連帯保証の申込をなし、被告公庫は同年一二月一八日被告金庫を通じて右申込に応じ金七〇万円を訴外宇野に貸付けたことが認められ、また原告本人尋問の結果によると、右借人申込書や信用証書の連帯保証人欄に押された原告の印章の印影が印鑑証明のある原告の実印の印影と同一であることが認められる。
右の事実によると、被告がその存在を主張している原告の連帯保証債務の発生原因となる契約は、訴外宇野と被告公庫代理人の被告金庫との各意思表示によって成立したものと認められる。
二、ところで、被告公庫は、原告が訴外宇野に対し右連帯保証契約締結の代理権限を与えたものであると主張する。
この点については、原告は極力否認し、原告本人もその旨の供述をしているので、右一の認定事実によって当然に被告の右主張が背認できるものではなく、他に右主張を認めるに足る証拠はない。
三、次に被告公庫は、原告が訴外宇野に実印を預けたことをもって同訴外人に対する基本代理権が存在し、右訴外人について権限踰越の表見代理が成立すると主張する。
<証拠>を総合すると、原告は昭和四一年頃から深酒をたしなみ、昭和四三年になって昼夜を問わず飲酒することが習慣となってアルコール中毒の症状を呈してきたので同年一〇月四日国立療養所久里浜病院(アルコール中毒科)に入院し酒淆嗜癖という病名で加療を受け昭和四四年一月六日退院したが、入院後一月位たった頃から毎週土、日に自宅での外泊を許可されていたことが認められ、<証拠>によると、原告は昭和四三年一一月の第一土曜日に外泊許可を得て自宅に帰ったこと、自宅に帰ったときは訴外宇野方に遊びにいっていたこと、その頃病院に帰っていた原告から同人の妻小夜子に対し、電話で、自己の印章を訴外宇野方に忘れてきたようだから取りにいってくるよういわれたことがあることが認められ、<証拠>には、昭和四三年一一月一一日訴外宇野がかねて預り甲の原告の実印を盗用して印鑑証明の交付を受けた旨の記載があり、以上の事実を総合すると、原告は昭和四三年一一月上旬頃その意思によって自己の実印を訴外宇野に交付したことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。
しかし原告が実印を訴外宇野に交付した行為が、原告を代理していかなる内容の法律行為をする権限を与えたものであるかについては、訴外宇野が行方不明である(この点は弁論の全趣旨によって認められる)状況においては、他にこれを具体的に確かめるに足る証拠はない。もっとも前記一において認定した事実や原告が入院するとき訴外宇野が自動車で送ってくれたこと(このことは原告本人尋問の結果によって認められる。)などから一応の推測を得ることができるとしても、原告の実印交付行為をもって原告が右訴外人に対して一定の法律行為をする権限を付与したものと認定することは、甚だ困難であるといわざるを得ない。
従って、基本代理権の存在につき他に主張立証がない以上、権限踰越の表見代理が成立する余地がないものというべきであって、被告の右主張は理由がない。
四、次に、被告は、仮定的主張として、昭和四二年九月三〇日付の貸付金に関連して、原告が訴外宇野に対して本件の金七〇万円の債務中金一五万円の範囲において連帯保証契約締結の代理権を授与したと主張する(被告等の抗弁及び主張三の(三)、(ア)のとおり)。
被告金庫が昭和四二年九月三〇日付で訴外宇野に対し金五〇万円を貸付けたが(第一回貸付という。)、原告が右訴外人に実印を預け被告公庫の代理店被告金庫との間に連帯保証契約を締結したことは当事者間に争いがない。
ところで、<証拠>によると、訴外宇野と被告公庫の代理人被告金庫との間において、昭和四三年一二月一八日の金七〇万円の貸付(第二回貸付)にあたり内金一五万円は前記五〇万円の内金一五万円の返済にあてることを条件として第二回の貸付を行なったことが認められるが、同訴外人と被告公庫との間の貸付契約によって原告が当然に右一五万円の範囲において連帯保証締結の代理権限を同訴外人に付与したものと推認することはできないし、他に原告がそのような授権をしたことを認めるに足る証拠はない。
五、更に、被告は右第一回貸付時における訴外宇野の代理権消滅後第二回の貸付時において同訴外人の無権代理行為について表見代理が成立すると主張する。(被告等の抗弁及び主張三の(三)、(イ)のとおり)。しかし第二回の貸付は第一回の貸付からすでに一年以上も経過しており、後者が連帯保証の立場にある者の意思によらないで当然に、かつ、客観的に前者の継続的行為であることを認めるに足る証拠はない。また仮りに両者の間に継続性があるとしても、<証拠>によれば、第二回貸付時の原告の信用調査は第一回の貸付時の調査を基礎にしてなされたもので、実地調査や電話照会もなされなかったことが認められ、原告本人尋問の結果によれば、第一回の貸付時における原告に対する調査は原告やその家族との面接によって行なわれたことがなく、かつ、その調査内容は実際と著しく相違していることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。
してみると第二回貸付時における原告に対する照会ないし調査に過失がないとはいいがたく、訴外宇野の無権代理行為について第一回の代理権消滅後の表見代理が成立するとの被告の主張は結局採用することができない。
第三 右の次第であって、原告の被告公庫に対する主文第一項の債務は存在するものとはいいがたく、原告の被告公庫に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、原告の被告金庫に対する請求はこれを却下すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 緒方節郎)